人を信じながら、騙されない、誘拐されないために(後)

◎「意志を持たない人」ほど、騙される。
 子供でいえば、「意志を育てていない」子供ほど、誘いに乗りやすい。

 子供Aは、親から、自分の意志を大事に扱われながら育っている。
 子供Bは、親から一方的に支配され、自分の意志を無視されて育っている。
 例えば、こんな二人に、
「~を買ってあげる。~があるよ」
「お母さんが呼んでるよ」
 などと誘拐犯が話しかけてきた。

 子供Aは、その誘拐犯の言動に不審を抱く。感覚的に「ヘンだ」と感じることができる。
 これは、「A」対「誘拐犯」というふうに、「1対1」になることができるからである。
 しかも、意志をもった子供Aは、自分の意志を言うことに慣れているので、断ることができる。

 他方、子供Bは、そんなとき、誘拐犯を見ているようで、見ていない。頭の中は、別の思いが交錯する。
 子供Bの「意識の目」は、誘拐犯を見ていない。違ったところを見ていたり、違ったことが想起される。

「~をくれるんだったら、得するかも知れない」
「お母さんに叱られると怖いから、ついて行かなければならない」
 などと発想して、誘拐犯の不審な言動に気づかない。
「これはヘンだ」と感じたとしても、親に黙って従っているように、自動的に、他者にも同じ反応をしてしまう。

 大人が騙される心理も、似たようなものである。

 もし、仮にそうしたければ、子供Aは、まず、親に了解を得てから行こうするだろう。なぜなら、子供Aは、親が自分の意志を尊重してくれると信じている。むやみに反対しないと知っているので、自動的に、親に聞いてみようと発想するからである。

 けれども子供Bは、親に言えば「どうせ親に叱られる」と考える。だから、黙って行こうとするだろう。

 だから、「騙されない。誘拐されない」ためには、意志を育てることが大事なのである。

◎ここで勘違いしてほしくないのは、
「泣いたり叫んだり、暴れたり、感情的になって勝手放題にふるまったり、わがままを言ったりする」
 これは「意志を持っている」とは言わない。
 大人も同様である。怒鳴ったり、脅したり、感情的になりやすい人ほど、意志は弱い。そういった人は、意志を阻害されてきた人たちである。