もしかしたらこの感覚が分からない? 

 ビデオのレンタルショップで。
 後ろには、私の客以外、誰も並んでいなかった。

 カウンターで、サイフを取り出したとき、ファスナーを締め忘れていたために、100円玉が数個飛び出した。

 すぐにしゃがんで回収したが、遠くに転がっていった一個の100円玉が視野に残っている。
 ぐるりと回りを見回したが、見当たらない。

「あのー」
 と店員が声を掛けた。
 その声に、私は、店員の「大丈夫ですか」と、私を気遣う言葉を予測した。これが親切な店だったら、一緒に探してくれたりもする場面である。
 けれども、
「会員証を・・・・」
 そうそう、彼にとっては、私の100円玉より、業務のほうが優先事項なのである。それが理解できるので、マイナス感情にはならなかった。

 感情が発達していなかったり、感情を抑えていると、突発的なことが起こったとき、とっさに判断できない。
 人間脳だけが特化していて感情が育っていないと、こんな反応をしがちである。
 突発的な出来事に、脳が対応できないのだ。
(行動というのは思考では処理できない。)

 脳がフリーズしてしまって処理できないとき、人は、反射的に、日頃から慣れているパターンにすがろうとする。

 私が会員証を渡すと、彼はそれを受け取り、何事もなかったかのように、粛々とDVDレンタルの手続きの作業を続けた。
 私はその間に、その辺りをもう一度見回して、「あった」と胸をなでおろし、その100円玉を拾った。

 ここで私が自分を評価できるのは、あわてなかったことだった。

 このとき、ふと思った。
 彼の反応は、たいして気にならないものの、この感覚が、
「へっ? どこがヘンなの」
 と思う人もいるのではなかろうか。
 逆に、「さっさとしろよ」と思う?