行動というのは思考では処理できない(1)

 私鉄の上り電車に乗っているときだった。もう時間的に遅かったので、車内は空いていた。
 若く美しい女性が乗り込んできて、私の隣に一人分の席を空けて座った。

 彼女は座るとすぐに、バッグの中をゴソゴソと漁り始めた。わりと大きなバックである。車内がシーンとしているので、なおさら、その音が響き渡る。
 バッグの中身をひっくり返しているかのように、ガシャガシャと音がする。
 何を取り出すのだろうかと、ちょっと興味を持った。

 彼女が取り出したのは、ファーストフードのパイだった。

 上半身を直立不動にさせて、両手でパイを握っている。
 彼女の瞳は、パイだけに占められている。

 彼女は、美しい唇で、そのパイにかぶりついた。
 バリッバリッともパリッパリッともつかない、その中間の音が、車内に響く。

 パイを食べ終わると、グシャグシャッと紙袋を握りつぶして、バッグの中に押し込んだ。
 また、バッグを漁る。
 今度は、何が出てくるのだろう。

 次に引っ張り出したのは、化粧道具と鏡だった。
 なるほど、食べた後はお化粧直しか。
 仕上げに、慣れた手つきで口紅を塗ると、それを仕舞い、また、バッグを探った。

 興味津々。
 今度は何?
 あっ、ケータイ電話か。

 彼女の指が、文字盤の上を走り回る。
 彼女は、あたかも、自分の部屋の中にいるようだ。

 それも仕舞い、さあ、今度は何?
 私はワクワク、ドキドキしながら次の動きを期待した。
 自分の部屋にいる感覚だとしたら、服を脱いだり、お風呂だったりトイレだったりする。(ちょっと、ヘンな想像。)でも・・・まさか。
 すると、電車が次の駅に滑り込むや、彼女はいきなり立ち上がり、飛び出して行った。

 彼女は外界とつながっていない。
 違った空間の中で生きている。
 彼女のその空間には、人が存在しない。
 自分の意識を遮断しているので、外界とは無縁のところで生きている。

 自分の周囲に人がいない。
 だとしたら、何のために化粧をするんだろう。
 人に見られたい、注目されたら嬉しいから。
 いや、違う。

「みんながするから、みんなに乗り遅れないように、化粧しよう。みんながきれいにしているから、私もきれいにしよう」
 という「思考」で化粧する。
 競争で化粧する? 

 だから、多分、誰かがその美しさに見とれてしまうと、
「テメー、何見てるんだよお」
 になるかも。

 彼女は、無神経。身勝手。ずうずうしい。
 いや、違う。
 むしろ、傷つくのを極端に恐れている。(つづく)