不幸でなければ許されない罪悪感(3)
前回のメルマガで書いているように、不運な境遇に耐え、素浪人の夫を支え、時として心の中で夫を責めては、さらにそんな自分を責める罪悪感の強い妻が、「自分を責めないで済む」と同時に、上記のような矛盾する思いをすべて叶えるためには、どうすればいいでしょうか。
だいたいこんなとき、定番ストーリーでは、妻が女郎に身を落としたり、誰かの愛人になったりして、生活を支えます。
そう。これが「矛盾する自分の思いもすべて叶えている」結果なのです。
まさに、そうですね。
「こんなふうに罪深いことを考えてしまう私なんて、武士の妻として失格だわ」
妻はそう自分を責めつつも、「なんで私ばかりが、こんな苦労を」とも言いたい。
妻は、夫の嫌がる仕事をして、夫に復讐もできます。
自己評価の低い妻は、犠牲者を演じて、自分を傷つけることで、夫を、それ以上傷つけることができるのです。
自分を責めないためには、夫がそれ以上に悪者でなければなりません。
というふうに、「健気で美しい」罪悪感の強い妻は、「同情の支配」を武器にして、自分のやりたいことを、罪悪感を覚えないで実行するには、相手を徹底的に悪者に仕立てあげるか、徹底的に不幸な環境を創るしかなくなっていくのです。
“絶対的優位”に立つまで犠牲者の役割を演じて、「相手がどうにもだらしないから、こうなるしかなかった」という現実を創り出します。
そういう点での忍耐力は、相当なものです。
妻がこうであるとき、「自分中心心理学」では、夫のほうも無意識に、それに「同意している」と捉えます。(つづく)