愛し方が足りない人へ 

 無意識の観点からすると、起こっている現象には、すべて「原因・結果・目的」があります。

 ですから、精神的疾患も、肉体的疾患も、無意識の観点からみると、
「それを使っている」という見方ができます。

 何のために、使うのか?(ここが無意識のすごさなのです。)

 それは、それぞれの人の状況、その背景がわからないと、こまかいところは見えてきません。
 けれども、あなたがもしそれを自分で知ることができれば、「なるほど」と、自分の言動にきっと納得がいくでしょう。

 ただ一言でいうとしたら、それが起こっているのは「私を愛し足りない」からです。

 だから、あなたがそうなったのは、あなたが悪いからでも、罰がくだったわけでもありません。
 くれぐれも、もろもろの疾患を治すためには、「私が悪い。私は罰を受けるべきだ」などと思わないでください。

 むしろ逆です。

 もろもろの理由で、あなたは「自分を愛し足りない」から、それが起こっているのです。あなたの無意識が、あなたにわかってもらうために、無意識が“病気”という形で、あなたにメッセージを送っているのです。

 では、どんなところが愛し足りないのか?

 それはあなたが「我慢しているところ」に気づけば、わかります。

 料理。早起き。洗濯。掃除など。したくないときは、罪悪感なしに、しない。
 罪悪感なしに、「しないこと」を心から気持ちよくしない。
「しないで、ああ、気持ちがいい」
 というぐらいにしないことです。

 仕事など、疲れてゆっくり休んでいるときは、心から気持ちよく、罪悪感なしに休むことです。

「じゃあ、仕事をしたくない場合は、やめろッてことですか」

 ほら、「我慢している」人ほど、そんな言葉が出てきます。
 辞めなくても、休むことはできるでしょう。休憩することはできますね。

 自分のわがままを、心から、気持ちよく認めましょう。

 また、協力してくれた人たちには、心から「ありがとう」を言いましょう。
 そうすることで、「迷惑をかけて悪いなあ」の気持ちも軽くなります。
 すべて、自分を愛するために、です。

 こんなふうに、「自分を愛してあげる」ことが、もっとも大事です。
 だれよりも、病気の人ほど、まず、自分自身を“気持ちよく”愛してください。

 病気のあなたに足りないのは、この“罪悪感なしに、心から気持ちよく”ですよ。