初めて向き合った気がする
ある夫婦が食事に行きました。
一般的なレストランではなくて、個室でした。
個室であるために、夫はなんだか落ち着きかなそうでした。
いつもだったら、食事のときにはテレビがあります。
テレビがあると、夫は、いつもニュースや画面に映っている人たちのことを、ああだ、こうだと批判したりバカにしたりしはじめます。
夫のそれが始まると、妻も子供たちも、黙って食事をします。
夫が妻に相槌を求めると、妻は「ああ」とか「そうね」と答えています。
妻や子供がいかにも不快そうに答えても、夫は、それに気づきません。
というよりは、それに気づいていたとしても、そんな食卓がパターンになっているために、それが当たり前だと思っているふうです。
心の奥では、「理解してもらいたい」と願いつつも、そんな自分の欲求に気づかない男性も少なくありません。
気づかないまま日常を過ごしていれば、自分がテレビに向かって出演者たちを批判したり悪態をついたりすることで、自分を満たそうとしていることにも気づかないでしょう。
そんな夫婦だから、二人で居酒屋やレストランに出かけても、夫がテレビに向ける目が、他の客に向かうことになるだけです。
そして、テレビを観るときのように、他の客の様子にいちゃもんをつけたり、文句を言ったり、ああだこうだと批判しはじめます。
そんな二人が、まったくの個室に入って食事をすることになったのです。
そこには、テレビもなければ、他の客もいません。悪口を言う相手もいません。
すると、ここで、不思議なことが起こりました。
これまでは、テレビや他の客がいることで、夫が一方的に話をして、妻が聞き役でした。
聞き役というよりは、聞き流す役でした。
けれども、それが逆転したのです。
夫は、他者がいないと語ることができません。
黙っていると気まずい空気が流れます。
妻は自分のことを語ることができます。
子供や知人友人とはできていたのですが、夫とはそれができなかっただけでした。
沈黙する夫を前に、妻が自分の話をしはじめました。
夫はそれを、黙って聞かざるを得ません。
このとき妻は「ちょっと関係が変わった」という感触をもちました。
そして初めて、妻は「正面から、夫と向き合うことができた」と感じたのでした。