我慢している人がしなくなると

「こんな小さなことなのに、どうして……」
 と思うような些細な出来事であるにもかかわらず、怒りや憎しみが湧いてきて止められないということはないでしょうか。

 我慢している人がだんだん立ち直ってきて、我慢しなくなると、すぐに状況がよくなるかというと、そうでもありません。

 もちろん、「我慢しないでよかった」ということも、たくさん起こってくるでしょう。

 と同時に、「こんな小さなことなのに、我慢ならない。だから我慢しない」ということが争いの火種にもなってきます。

 これまで我慢していた人が我慢しなくなると、どういうことが起こるでしょうか。

 たとえば、職場で、Bさんが、
「これやってよ」
 と、少々指図的に頼んできたとしましょう。

 これまで我慢していたAさん、職場だけではなくて、自分の親子関係、夫婦関係、恋愛関係、友人関係すべてにおいて我慢してきています。

 そのために今までは、職場でも上司や同僚に、
「これやってよ」
 と言われたら、争うのが怖くて、従っていました。

 Aさんは、我慢しなくなったとしても、過去にそんなさまざまな人間関係で我慢してきた過去があります。
 そんな我慢のマイナス感情はまだ、解消されずに残っています。

 Aさんが我慢するのをやめようというレッスンをしているときに、たまたまBさんが、
「これやってよ」
 と言ってきました。

 Bさんは、Aさんにとっては、何の関係もない人です。たまたま、少々指図的に「これやってよ」と言っただけです。

 このとき、
「いま、時間がないんだあ、ごめんね」
 などと、軽く断ることができれば、それで終わってしまいます。

 断ることができれば、相手が少々指図的な言い方をしたとしても、Bさんのキャラだから、という程度の受け止め方ぐらいで終わってしまうでしょう。

 けれども、これまでずっと我慢してきたAさんは、そうはなりません。

 我慢してきているので、相手の言葉に過剰に反応して、
「どうして、私がしなければならないのよ。自分でやればいいじゃないの。
 いつも、いつも、私に頼んできて。私はそうやって一方的に言われてきて、ずっと我慢して生きてきたのよ。
 そんな言い方はないでしょう。すっごく腹立つし、傷つくわ。何で私が、こんな目に合わなければならないのよッ!
 私のことなんて、知りもしないくせに。どれだけ私が傷ついてきたか。あなたまで、私に対して、そんな扱いをするのッ! ひどい!!」
 などと、まるで、Bさんが、Aさんの人生をことごとく打ち砕いたかのような反応をして、Bさんに感情をぶつけるのです。

 それでもAさんは、心の中は、過去の傷ついた思いでいっぱいになっているので、Bさんを必要以上に攻撃して傷つけたことに気づきません。

 こんなことも起こるでしょう。
 相手に頼み事をして断られたとき、我慢していない人は、
「ああ、そうなんだ。じゃあ、今度、お願いね」
 ぐらいの感じで返すことができます。

 けれども我慢している人は、相手に頼むときも勇気を振り絞っているために、
 断られると、
「ものすごく傷ついた。やっと自分を大事にすることに気づいて、思い切って頼むことができたのに……、それを断るなんで、ひどい。私のどこがいけないの。どうして私をそんなに傷つけるのよッ」
 というような反応をして、相手をビックリさせてしまいます。

 私も、最近、支配的な人と会ったとき、非常に心が動揺したことがありました。

 時間を守らなかったり嘘をついたり、自分のミスを正当化するような人は、どこにでもいるものです。
 たまたま、話をした人がそんな人だったぐらいでは、腹は立つでしょうしょうが、お付き合いをしなければいいだけのことです。

 無意識という観点からすると、自分では気づかなくても、無意識に約束を破ったり嘘をつくことだってあります。

 それを考えれば「お互い様」ということもあります。

 けれども、相手とのシチュエーションが、過去にひどく傷ついた場面と重なるようなとき、その相手とは関係がなく、怒りが湧いてきたり、恐怖を湧いてきたりします。

 我慢していたり、過去の傷ついた経験が、こんな小さな出来事で触発されて感情を揺さぶるのだと再確認した次第です。

 そして、日頃の感情の処理がいかに大事なのかと、改めて痛感しました。

 親子関係では、ひどい言葉を相手に浴びせても、素直にごめんと言えば、すぐに仲直りすることもできます。
 けれども、赤の他人ではそうはいきません。

 人間ですから、誰でもミスも間違いもしてしまいます。けれども、それをあまりに深刻に捉えてしまうと、争いにまで発展してしまうでしょう。
 我慢しなくなっても、こんなことが起こってきます。

 信頼関係が育っている人であれば、仮に傷つける言葉を言ったとしても、お互いに、素直に「ごめん」と言い合えるでしょう。