自分が傷つけていることには気づきにくい

自分が傷つけていることには気づきにくい

 自分が他者を傷つけている、ということに気づかない人は少なくありません。
 自分自身が、いつも相手から“傷つけられている”というふうに思い込んでいると、自分も同様に、相手を傷つけているということにまで思いが至ることは難しいでしょう。

 カウンセリングの中で、よく聞くのは、
「相手は怒ったけれども、私は、そんなつもりで言ったわけではなかったです」
 という言葉です。

 それが真実の場合もあります。
 例えば他者に対して何らかの否定的な気持ちがあって「責められている」というふうに聞こえてしまう人にとっては、「私は、そんなつもりで言ったわけではない」ときも、責められていると聞こえてしまうために傷つくでしょう。

 が、「私は、そんなつもりで言ったわけではない」言い方が、実は、「そんなつもり」つまり「傷つけるつもり」だったということもあります。

 もちろんそれは、意図的にやっているわけではありません。
 その人の口調や言い方や態度、あるいは、意識といった、その人が気づいていないところで起こっています。

 例えばあなたの言った言葉を、相手が誤解して気分を害したとき、相手に対して、
「そんなつもりで言ったわけではなかったんです」
 と言ったとき、相手が、
「そうでしたか。わかりました。私の誤解でした。済みませんでした」
 と答えなかったら、どうでしょうか。

 相手がその言葉を返してくるまでも、粘るかも知れません。
 何が何でも相手にそう答えさせようとするかも知れません。
 謝罪するまで許さなかったりするとしたら、それが、「相手に対する攻撃」になっているかも知れません。

 あなたの中では「そんなつもりではなかった」かもしれません。
 それでも、そんな言い方が、相手には「傷つけるつもりだったとしか思えない」というような感じ方を与えてしまっていて、相手が気分を害している可能性もあるのです。

 典型的なのは、「でも」という言葉です。

 相手が言っている言葉に「でも、でも」という言葉を返してれば、相手は自分の言うことをことごとく覆される、と感じて傷つくでしょう。

「あなたは、お前は」という他者中心の言葉を連発すれば、それだけで、相手を傷つけているでしょう。
 一方的に話をつづけて、相手に意見を言わせないような態度も、相手を傷つけているでしょう。

 どうして、自分では「そんなつもりではない」ことが起こるのでしょうか。

 それは自分が育ってきた家庭環境の中で、心は「被害者の立場」で傷ついていて、それを解消できないでいても、自分の他者に対する言い方や表情や態度は、まさに過去に自分を傷つけた人のそれをしっかりと身につけてしまっているからです。

 つまり、家庭で乱暴な扱い方をされた人は、そのことによって傷ついているけれども、同時に、そのやり方を学習してしまうために、他者に対しては、自分がされたようなことをしてしまうということなのです。

 これを私は「被害者意識の加害者」といった言い方をしています。

 少々厳しい言い方ですが、でも、これに気づかないと、家庭で傷つき、外の社会でもまた傷つくことになって、いっそうつらい状況に自分を追い込んでいってしまうでしょう。

powered by HAIK 7.1.1
based on PukiWiki 1.4.7 License is GPL. HAIK

最新の更新 RSS  Valid XHTML 1.0 Transitional