相手の言葉なんて真に受けるな! 2

相手の言葉なんて真に受けるな! 2

 相手の言葉に乗るな!
 相手の言葉を鵜呑みにするな!
 これは、常々言っていることです。

 相手の言葉に反応して、お互いに言葉で主張し合っているとき、どちらも相手の言葉に囚われながら、自分の正しさを、相手に「わかってもらおう」とします。あるいは、「わからせよう」とします。

 こんな状態のとき、「自分の感情」がどうなっているかということに意識を向けて、それを自覚することは余りありません。

 けれども自分の感情に気づかないと、自分が、どれだけ自ら自分を痛めつけているかに気づけません。

 では少し、試してみてください。

 過去のある一つの出来事を思い出して、相手に対して、
「わかってほしい、わかってほしい」
 というふうに迫っているとき、どんな気持ちになっているかを、感じてみてください。
「わかってほしい」という言葉をつぶやくと、それに応じた感情が起こります。

 あるいは、
「どうしてわからないんだ! わからなんだったら、なんとしてでも、わからせないと、気がすまない」
 こんなふうにつぶやくと、どんな気持ちになるでしょう。

 自分の気持ちかわからないという人であっても、「必死な気持ち」になっている状態は、感じられるのではないでしょうか。

 少なくとも、肯定的な気持ちにはなっていないはずです。

 このとき、自分の身体をみれば、緊張したり、力が入ったりしています。

 いまのその状態が、「戦っている」ということなのです。

 こんなふうに改めて、「戦っている」ということを指摘しないと、それに気づかない人も少なくありません。

 簡単に言うと、相手と話をしていて「自分がマイナスの気持ちや感情」になりはじめたら、それは争いになるというシグナルだということです。

 戦っているとき、どんなに自分の正しさを主張したとしても、その正しさは、通用しません。

 争っているのですから、
「確かに、そうですね。あなたが、正しいですね」
 などと、相手が言うわけもありません。

 お互いに言葉で戦って、相手をやり込めようとするのですから、戦う武器は「正論」です。

 お互いに「自分からみた正論」を主張し合います。

 けれども、そうやって感情的になって言い合っているときは、単に、
「争っているだけなんだ」
 と認識することができれば、どうでしょうか。

 いかに自分が、不毛なことをしているのだと、気づくのではないでしょうか。

「でも、自分が正しいのですから、主張しないわけにはいきません」
 と言う人がいます。

 その人は、「自分が正しいから主張している」と思い込んでいます。

 けれども実際には、そうではありません。

 そんな思い込みを抱きながら、ただ「戦っているだけ」なのです。

 戦いに勝つために主張する。

 そんなとき持ち出される“正論もどき”には、耳を傾ける必要もありません。 

 それよりも、そんな正論もどきで争っては自分をどんどん傷つけていく。こちらのほうがもっと、自分にダメージを与え、人生を破壊的にしてしまう大きな問題だということに、もう、そろそろ気づいて、本気で取り組んでほしいものです。 (おわり)

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