遠い遠い未来に叶ったらいいなあ
物事をもっとシンプルに捉えましょう。
自分の思考や相手の言葉に惑わされない。自分の思考や相手の言葉よりも、まず「自分を感じること」を信じることです。
常々言っていることですが、イメージや思考で創りだした気分や感情を、「自分のほんとうの気持ちや欲求」だと勘違いしてしまって、自分の気持ちがわからないという人が少なくありません。
本当の自分がわからない。自分の本当の気持ちがわからない。
こんな状態になっているときは、既に物事を拡げ過ぎて捉えています。
例えば、
「すべての人と仲よくできたら、どんなに素敵な社会になるだろう」
と呟いて、いろいろな場所で人が仲よくしたり、親しげに話をしたり笑い合ったりしている光景を思い浮かべると、温かいほのぼのとした穏やかな気持ちなるでしょう。
あるいは、
「家族がみんなで助け合うのが、家庭のあるべき姿だ」
と思考して、さらに家族が親しく助け合ったりしている光景を思い浮かべれば、とても嬉しい気持ちや愛されている感情が起こって、幸せな気分になれるでしょう。
あるいは、
「職場ではみんな協力し合って、明るく生き生きと仕事をしなければならない」
と思考して、みんなが職場で、明るく生き生きと仕事をしている姿やその光景を思い浮かべれば、それが自分の欲求のように感じるでしょう。
これらがまさしく「自分の望みだ。自分の欲求だ」と思い込んでいることの代表だと言えるでしょう。
ほかにも、
「夫婦は、相手のことを全てわかっていなければならない」
「互いに、許し合わなければならない」
「心からわかり合って、話し合える関係になりたい」
というものもありますね。
けれどもこれらはほんとうは、自分が思考やイメージで創りだした気分です。それらは、飽くまでも理想であって、その理想を追い求めたり、それらを目標にするのはいいのですが、それらは「今の欲求。今の気持ち」とは言いがたいものです。
「そう言われても、その区別がつきません」
そうですね。
そう思うのも無理ありません。
物事を拡げて捉えれば、誰でもわからなくなってしまいます。
その区別がつかないからこそ、「今、この瞬間」の自分の気持ちに焦点を当てられるかどうかが、重要となってくるのです。
「世界を争いのない平和な社会にしていきたい。平和であってほしい。互いに愛し合って幸せになりたい。人のために尽くしたい」
仮にあなたが、そんな希望をもっているとしても、最も大事なのは、自分の「今の瞬間」の欲求です。
理想として、世界平和を望んでいます。
でも、「今」、あくびが出てきて、眠い。
これが「今の瞬間の欲求」です。
この欲求を叶えるためには、「寝る」ことです。
本当の自分の気持ちなどと深刻に考えることはありません。
思考やイメージでどんなに考えても、解決するわけもありません。
大事なのは、この「いま、眠たい」という今の瞬間の欲求です。
そして、それを叶えることです。
「争いのない平和な社会にしていきたい。愛し合う。わかり合う」などというのは、いつか遠い未来で叶えばいいなあというぐらいの、遠い遠い未来のことなのです。
そんな遠い遠い未来でも、今を大事にできない限り、それはやってこないのです。