何に価値を見出すか

何に価値を見出すか

「自分の周囲を見回すと、正直であったり、素直であったり、 誠意を もっている人よりも、そうでない人たちのほうがお金持ちにな っています。やっぱり善人は、損なんですよ」
 と言った人がいました。

 お金があるかどうかを基準にすれば、お金がないのは「損」だと言えるでしょう。

 けれども、自分中心的な視点で言うと、「善人であること悪人であること」や「性格の良さ悪さ」と、「お金持ちであること」とは、ほんらい、まったく関係のないことです。

 これを一緒くたにしてしまうから、
「お金持ちになるには、戦って勝たなければならない。正直者は損する。騙したほうがいいんだ」
 などと、誤った考え方をしてしまうのです。

 ほんとうは、正直者じゃないほうが得する、という訳ではありません。戦って勝ってば、お金持ちになれるというわけでもありません。

 簡単に言うと、自分が望むものを手に入れるには、「自分が何に、どれだけ集中しているか」ということが最大のポイントです。

 例えば、戦いに全神経を集中させていれば、戦うことが最大の目標となるので、トラブルばかり起こるでしょう。
 つまり、願いは叶います。

 お金を得ることに集中していれば、お金を得ることができるでしょう。
 お金を得ることに全神経を集中させていれば、時には強引に奪うように見えるかもしれません。
 時には、得るために戦っているように見えるかもしれません。

 けれども実際には、戦ってばかりいる人よりも、はるかに戦っ
ているわけでも奪っているわけでもありません。

 戦ったり、奪ったりすることが目標であれば、お金を得るよりも、「戦
う人生。奪う人生」となるのでトラブルがつきまとうだけで、お金持ちにはなっていないでしょう。

 正直であったり、素直であったり、誠意をもっている人たちが関心を抱くのは、お金ではありません。
 そういう人は、お金よりも、精神的満足を求めているのかもしれません。

 精神的満足を得ることに意識を集中させていれば、それを得ることができるでしょう。

 単にお金よりも、精神的満足を得ることに関心が高いというだけです。

 何に価値を見出しているか。
 何に意識が集中しているか。
 その違いだけだと思います。

 物質的な満足か、精神的な満足か。
 もしあなたが、そのどちらも得ていないとしたら、ひとつのことに集中する集中度が低い、というだけです。

 もし、あなたが、何を望むのであれ、「得られない」ということに強く意識を集中させていれば、「得られない」ということが実現しているで
しょう。自分の望むまま(実感するまま)に、です。

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