怒鳴るから腹が立つのか、腹が立つから怒鳴るのか

 自分が自分の感情を自覚するとき、その感情がどうして生まれたかということまで考える人はあまりいないのではないでしょうか。

 自分が感情を感じているとき、その感情が、そのまま自分の心であるかどうは、ほんとうのところ、わかりません。

 というのは、気分や感情というのは、自分の気持ちがそうだからということもありますが、自分の気持ちがそうでなくても、気分は感情は、自分でつくることができるからです。

 泣くから悲しいのか、悲しいから泣くのか。怒鳴るから腹が立つのか、腹が立つから怒鳴るのか。

 もちろん、これは相互作用です。

 例えば、表情を硬直させて口をへの字に曲げていれば、それだけで、感情や気分が生まれます。

 最初は、表情を硬直させて口をへの字に曲げたくなるような納得いかないことがあったのでしょう。

 けれども、たびたびそんなことを経験すると、いつの間にか、そんな表情が癖になってしまいます。

 それが癖になれば、世の中のすべてが「納得いかない」という気分になるでしょう。

 いわばそんな癖は、「納得のいかない人生」にするトレーニングを積んでいるようなものです。

 私たちの肉体は、実に精密かつ正確です。
 心が形に見えませんが、肉体のすべてが、総動員して、その心に対応します。

 姿勢、呼吸、言葉、肉体の形、イメージ、どんなことからでも、気分や感情を造り出すことができます。

 怒っていなくても、怒鳴るから腹が立ってくるように、感情よりも先に「形」がそうさせていることも少なくないのです。