正反対の解釈ができる

正反対の解釈ができる

 無意識の視点からみると、いま自分に起こっていることも、一般的に捉える捉え方とはまったく異なります。

 ときには、正反対の解釈になることがしばしばです。

 同じことが起こっても、それをどう捉えるか。

 例えばあなたが、職場で、ミスをしたとしましょう。

 そのミスを職場の先輩や上司に注意されたとき、どんな気持ちで謝っているかで自分の意識がわかります。

「疲れていたんだから、ミスぐらい許してよ」
 という哀願するような気分で謝るでしょうか。

 あるいは、
「何言ってるのよ。あなただって、一緒にいたじゃないの。私がミスしそうなことは、気がついたはずじゃないの。あなたは知っていて、わざと私に教えなかったんじゃないの」
 という気持ちでいるでしょうか。

 それとも、
「私がてんてこ舞いしているの、わかっているでしょう。ミスしたのも、忙しすぎるからなんだから、もっと休んだらって、優しい言葉の一つも掛けてもいいんじゃないの」
 という気持ちになっているでしょうか。

 では、自分中心になって、そのミスを起こす前に、どんなことを思っていたか。

 無意識の視点から観ると、自分が無自覚に意識していることの願いを叶えるために起こったのかもしれません。

 例えば、普段から、
「私はこの会社でもっとやり甲斐のある仕事につきたい」
 と、思っていたとしたらどうでしょうか。

 もし、そうであるなら、自分の「そんな願い」を達成するには、足りないものがある……。

 それが「今回のミス」だった。

 そのミスを、肯定的に改善できれば、自分の願いが叶う。

 それに気づくためのミスだった、かもしれません。

 こんなふうに、ミス一つとっても、そのミスが、自分を発展させる重要な出来事として起こっているのが、「無意識の力」なのです。

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