何を選ぶかよりも「迷う」状態のほうが問題

何を選ぶかよりも「迷う」状態のほうが問題

 誘われると、いつも保留にしてなかなか決められない人がいます。

 相手のことを考えたり、つき合いが悪いと思われることを恐れていたり、いい顔をしていたかったり。
 理由はいろいろあるでしょう。

 まずは、そんなふうに迷っている自分に気づいたら、
「そうか、いま、私は迷っていて、なかなか決められない状態なんだな」
 という自分を受け入れることです。

 受け入れると、それだけで、自分を責めなくて済みます。
「こんな自分ではダメだ」
 などと自分を責めることがなくなれば、その分だけ、否定的な感情の生産を止めることができるでしょう。

 同じように決められないとしても、例えば、
「今は、決められないから、〇月〇日に、はっきりと決めよう」
 という決め方であれば、迷っているとは言わないでしょう。

 自分にとって最も大事なのは「行くか行かない」を決めることがではありません。
 ほんとうは、
「行ったほうがいいんだろうか。行かなくても大丈夫だろうか」
 などと、ずっと「行くかどうか」を迷い続けることが、自分の人生にとっての損失であるかもしれません。

 迷うというのは、ストレスです。
 あることで、3ヶ月間迷い続けるとどうでしょうか。
 同じ3ヶ月間のそのすべてを、自分のために注ぐことができたとしたらどうでしょうか。

 つき合いだけでありません。

 欲しいものがある。
 でも、高い。もったいない。無駄だったらどうしょうなどと迷ってなかなか決められない。

 そんな状態で3ヶ月間迷っているとしたら、どうでしょうか。
 こんなときは、決めるレッスンです。

 では、今回は迷わずに決めてしまった。けれども、
「ああ、やっぱり買わなければよかった」
 と後悔したとしましょう。

 そんなときでも、
「いままでの自分だったら3ヶ月間悩んでいた。けれども、今回は、半月間ほどで決められた」
 としたら、2ヶ月半のストレスを未然に防げたというふうに捉えることもできるでしょう。

 その2ヶ月半を、自分のためだけに注ぐことができれば、それが何万円の価値を生み出すことになるかもしれません。

 それだけではありません。

 3ヶ月迷えば、3ヶ月迷うパターンができあがります。
 1ヶ月迷えば、1ヶ月迷うパターンができあがります。

「意識が形をつくる」という捉え方をするならば、その2ヶ月の差は大きいのです。

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