十数年の歳月を飛ばして

十数年の歳月を飛ばして

 さまざまな感情は、できるだけ早いうちに解消したほうがいいというのは、もし誰かに対して、あるいは何らかに対しての感情が残っていると、やがてそれが形となるからです。

 それは自分が気づいていてもいなくても、そうです。

 相手のことが自分の心の中に残っているとしたら、それは同様に、相手のほうも心の中にあなたのことが残っているでしょう。

 もちろん、微笑に差はあります。

 例えば、あなたは相手の言動によって傷ついたと感じていても、相手がそれに気づいていなければ、相手はあなたを傷つけたと思わないので、あなたのことが心に残ることはないでしょう。少なくも、顕在意識のレベルでは、そうです。

 けれども、絶えずAさんだけが傷つけられて、Bさんだけが一方的に傷つけるということはありません。

 Aさんの目には「いつも、Bから意地悪される」と見えていても、BさんはBさんで「Aは、いつも自分をバカにしたような態度をとる」などというふうに見えていて、Bさんも、Aさんによって「傷つけられた」と思っています。

 仮にそれがBさんの勘違いであっても、少なくともBさんは、そんなふうに解釈するゆえに、「傷つけられた」と認識するでしょう。

 いずれしても、お互いに相手への思いが残ると、トラブルや争いが起こります。というよりは、どちらかが、トラブルを起こしたり、仕掛けていったりします。

 無意識に、そのチャンスを狙っていたりもします。

 例えば、身内間で何らかの出来事で否定的な感情を味わうと、長期的なことで言えば、そんなチャンスは、次の大きなイベントのときにやってきます。

 お盆、年末年始、法事といったふうに、普段避けていても、顔を合わせなければならないときがチャンスとなるでしょう。

 例えば法事のときに相手に対して心が残るようなことをされたとしたら、仕返しするチャンスが、十数年後の法事のときにやってくるかもしれません。
 そんなチャンスが来たときには、傷つけられたことが十数年前であっても、昨日起こったことのように思い出して、その十数年の時間はすぐに消えてしまいます。

 こんなふうに、普段忘れていても、ふと同じ状況が、今度は逆の立場になったときに、それを「仕返しのチャンス」とします。

 だから、普段からできるだけ速やかに、小さなうちから「否定的な感情」はその都度、その都度、解消したほうがいいのです。

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  ◇妻が抱える夫ストレス
   夫が向き合うべきことを邪魔しない 2 石原加受子

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「妻が抱える夫ストレス」という本という本を、KADOKAWA から出しています。
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(2)
 さまざまに呼称される立場から自由になったとき初めて、見えてくるものがあります。

 例えば、嫁姑の関係も、「嫁姑の問題」として姑がそれを嫁の問題として考えていたり、嫁自身がそれを嫁の問題として捉えて自分を責めていると、本質がみえません。

「嫁がするのが当然だ」というふうに捉えている姑が、それを息子に伝えて、それを息子(夫)が妻に伝えるということが、よくあります。

 妻が、姑のために「それをするのが当たり前」だと捉えていれば、一見、問題が無いように見えるでしょう。
 それでも妻は、すっきりしない気分だけは残ります。

 こんなとき、妻が、「嫁」という立場を外すと、それは、姑と息子、つまり母と息子の親子関係の問題だったりします。

 本来、親子の問題としてそれが起こっているのではあれば、妻が、その中に入って、「嫁としてやってしまう」と、母と息子の親子問題ということが嫁姑の問題にすり替えられていってしまうでしょう。

 一般的言われている、直接言うとカドが立つので、間接的に言ったほうが争いにならない、的な動きをしているときは、恐らく、こんな「すり替え」が起こっています。

 母と息子の二人が「自分たちの親子問題」として捉え向き合うことで、息子を挟んだ三角関係を、根本から改善できる、ということもあります。

 自分中心というのは、「まあ、嫁姑の問題は、息子を挟んだ嫁と姑の三角関係なので、嫁と姑がいがみ合うのは当たり前なんだ。だから、ほどほどに、イヤはことも互いに我慢しながら付き合っていくんだよ」的な、ストレスをずっと死ぬまで抱えていきるような生き方は推奨しません。

 推奨しなくても、それを自分を中心にして、もっと肯定的に解決できるのですから、我慢する必要がどこにあるでしょうか。

 むしろ、そうやって「中くらいのつらさ」を「まあ、まあ、そんなもんじゃないの」で収めようとするから、ストレスを抱えるだけでなく、それが大きな問題と発展してしまうのだと、はっきりと言えるのです。   (おわり)

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