逆境に耐える力よりも、逆境にしない力を育てよう

逆境に耐える力よりも、逆境にしない力を育てよう

 逆境に耐える力を育てるという話で、気になったので、もう少し加筆したくなりました。

 逆境に耐える力を育てるというのは、悪いことはではありません。

 けれども、自分が何らかの逆境に陥るとしたら、
「その逆境は自らつくっている」
 という言い方もできます。

 逆境を自らつくっているとしたら、逆境にならないように防ぐこともできるはずです。

「逆境」という状況に至るまでには、その前に、幾つものシグナルが発信されていただろうし、その流れを変えるチャンスがいくつもあったはずです。

 それらの発信に気づくのが遅かった。だから逆境に陥ってしまった、ということが少なくないからです。

 例えば、それが相手への親切であっても、それが過剰になれば相手を傷つけます。

 相手がその親切さを負担に感じるということもあるでしょう。
 その親切が、相手を縛るということもあります。
 自分が自分で行動したいというときに、その親切さに束縛されて、自分の本心を言えないということもあるでしょう。

 あるいは、相手に過剰に親切にするということは、相手の力を信じていないということにも通じます。
 相手はそのことで、いっそう自分を「無力な私」と思い込みはじめるでしょう。
 そして、実際には動く力があるにもかかわらず、自分は無力だと信じ込んでしまったゆえに、動かない、とういこともあります。

 それに気づかずに、さらに親切にしていけば、相手の状況はさらに悪化していくでしょうし、その関係性には取り返しがつかないほどの亀裂が入っていくでしょう。

 こんなふうに、多くの人が気づかずに、自ら逆境という洞穴の中に入って行っているのです。

 逆境という言葉は、自分ではそれを防ぐことのできない、言わば「犠牲者」のような気持ちを引き起こさせます。
 変えられない運命には「強く耐えるしかない」というような。

 けれども前記したように、逆境は自分でつくっていると言いました。
 また、逆境に至るまでにはその前に、その方向性を変えるいくつものチャンスもあります。

 自分の中から犠牲者意識が減れば減るほど、そんなチャンスに気づくでしょう。

 なぜなら、どうして逆境が起こるのか。
 それは、逆説的な言い方をすれば、逆境を通して、自分が逆境に陥らない生き方を学ぶため、とういことができるからです。

 決して、同じような逆境が襲ってきたときに、それに耐える力を身につけておくために起こっているわけではありません。
 これは、決して勘違いしてほしくない点です。

 だから、自分がその中から、自分を守る方法を学びとれば、二度とそんな逆境を繰り返すことはないでしょう。

 だから、よく言います。
「これまで、とてもつらい状況を経験したとしても、自分中心の生き方をすれば、少なくとも、その過去以上にひどい状況になることは、絶対にないので、安心してください」
 と。

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