「自分中心」の生き方とは? の記事について

(当記事は、不定期メールにて掲載したものですが、
「自分中心心理学」は、石原加受子自身が、さまざまな体験を元に
体系づけたものであるとうことをお伝えする必要があって、
再度、ここに掲載させていただきます。)

会員の方から、「この方は、自分中心心理学の受講者ですか」
という問い合わせがありました。
教えていただいたサイトを覗くと、確かに、最初から最後ま
で、自分中心という言葉で埋め尽くされています。
またその書き方、言い回し、まとめ方等々も、普段私が使って
いる言葉と酷似しています。

けれども、その方との面識はまったくありません。

ただ、「自分中心」というのは、一般的な言葉なので、誰がど
こでどう使おうが、ある意味、自由です。驚くほど酷似するこ
とがあったとしても、微妙なところです。

その方は、ある組織の認定コーチに所属されているようです。

私がそれ以上に危惧したのは、その記事に触発されて、その組
織主催のセミナーが「自分中心心理学」を元にやっていると勘
違いして参加されるのではないか、ということでした。

(その組織の名誉のために申しますと、その組織が「自分中心
心理学」を標榜しているわけではありません。)

そんな勘違いが発生しないように、ここで、私が提唱してい
る「自分中心心理学」は、他のいかなる組織、団体とは一切関
係がないと、ここに明記させていただきます。
その方にも、明記する旨、お願いいたしました。

こんなことが起こって、改めて、私が「自分中心」「他者中心」
という造語を生み出した、当初の頃のことを思い出しました。

私は心理療法の分野で活動し始めて30数年になります。歳がば
れるので、昔は多少、隠し気味でしたが。

今でも思い出すのですが、大和出版だったと記憶しています。
担当の方も覚えています。
「自分中心心理学」について提唱しようしていた当時、出版元か
ら、
「自分中心」と言うと「自己中心」と勘違いされるので、やめて
ほしいと言われました。

初期の本を読んで人であれば、ご存じかもしれませんが、その頃
に出した本には、「自分を中心にする生き方」「自分を中心にする
考え方」「自分を中心にした捉え方」といったふうに書いてい
て、ダイレクトに「自分中心」という言い方は、していません。

他の出版社や書物でも、自己中心と勘違いされないように、
「自分中心」ということの意味を長々と書いて、「自分中心主義」
という書き方をしたこともありました。

自分中心と自己中心の混同が起こり、訂正をお願いしたことも、
何度もあります。

つまり、30数年前は、まだ、「自分中心」というのは、「自己
中心」とほぼ同じ意味で使われていた、ということです。

ですので、「自分中心」という言葉は、対社会では、決して、好
ましい捉え方では認識されていませんでした。

それが今日に至っては、「自分中心」と自己中心と対比させて、
みなさんが「自分中心」を良い意味で使用されています。
しかもまた、それに疑問を抱かず、当たり前として受け止めてい
らっしゃる!

これって、すごいことだと思いませんか!

以前は、自己チューに勘違いされるからと、勧告され、それも無
理ないなという思いから、「自分中心の生き方」などと表記して
いたのですから。

(※もう一つ、次回に話したいと思いますが「罪悪感はいらな
い」ということについても、同様の流れがあって、今日に至って
います。)

誰もが、自分ひとりの力では、どうしようもない。一人の力で全
体を変えることはできない。自分の一人の力では、他者に影響を
与えられない。無力だ。

そう思っているのではないでしょうか?

手前味噌で申し訳ないのですが、自分中心の概念を、私が、数十
年かけて、変えた!
ということです。

もちろん、私が提唱し始めたその前後に、同じことを主張してい
た人もいたかもしれません。あるいは、そういう意味での「自分
中心」を、違った言い方で伝えようとしていた人もいたかもしれ
ません。

それでも、ここまでしっかりと、「自分中心」という言葉が、良い
言葉として定着しているとしたら、それは私の功績も大きいか
と、私も自己信頼を高めるために、言わせていただきます。

私はただ、借り物でないは、自分が考えた、自分が感じた、自分
が体験したことをベースに、心理を自分なりに、自分の言葉で語
りたいと思っただけだった。

その結果、やがては私が唱えている「自分中心」の概念が、童謡
や詩が、作詞者・作曲者不明、詠み人知らず、なんてことのよう
に、当たり前になる……。

その当時、私自身が「自己中心」と「自分中心」を明確に分けて
いたのは、これも、感じるということで、その言葉が持つ“響き”
でした。

自己中心。
自分中心。

同じような意味で使われていたとしても、私にとっては、その響
きは、正反対となって感じられました。

それで、自分中心という言葉に対比させて、もう一方を、もっと
わかりやすく「他者中心」と命名したのでした。

ただ、言葉としては「自分中心」がポジティブなイメージになっ
たとは言え、私自身の感覚で社会を捉えると、どれだけ努力して
も「自分中心」が浸透せず、ごくごく一部の人たちにしか受け入
れられていないような気分になることもしばしばでした。

むしろ、今の社会は、それに逆行しているように思えてなりま
せん。

言葉のイメージとは異なって、現実は、どんどん、いわゆる「他
者中心」の世界になりつつあります。
他者中心の極地が、独裁政権、全体主義、専制主義といったもの
と言えるでしょう。

これだけは、なんとしても阻止したいものです。
けれども、誰もが、
「自分一人の力では、なにもできない。自分は無力な存在だ」
と思っていれば、そうなっていくでしょう。

あるいは、
「社会の動向なんて言っている暇がない。自分だけでも、どうに
もならないんだ」
と言いたくなる人もいるかもしれません。

けれども、本来、社会を変えるも、自分を変えるも同じです。
自分を変える努力をすれば、それが結局、社会を変えるにつなが
っていくのです。

すると、思考タイプだと今度は、
「じゃあ、どうすれば、自分を変えられるんだ」
と。
そのヒントの一つが、最初にもどって、「私の体験の話」なのです。