「さぼる」意識

 前回の続きのような話です。

「職場で自分中心なんて、できるんですか」
 という質問をされたことが何度かあります。

「自分中心」を、自分勝手、わがまま、自己チューというイメージを抱いている人にはそう映るようです。

「職場で自分中心になって主張したら、よけい人と衝突してしまいます」
 という人もいました。

「自分の感情を基準にして、自分の感情を優先しましょう」なんて話を聞いたら、他人のことや周囲のことをお構いなしに、自分のやりたいことを好き勝手やっていい、というふうに解釈してしまうからでしょう。

 会社には、会社のルールが、職場には職場のルールがあります。
 自分中心というのは、そんなルールなんて、無視してしまえと言っているわけではありません。
 
 職場や家庭で一定のルールがあるとしたら、そのルールに従って職務を遂行したり、責任を果たすことは大事です。

 職場では特に、明らかに不適切な場合でも、それに従わなければならないこともあるでしょう。
 それでも、ここが肝心なのですが、
「職場では、こんな決まりがあるから、それが不満であっても、間違っていても、しなくちゃならないですよねえ」
 といったおおざっぱな発想はしません。

 いろいろな決まりや制約があっても、その中で、自分中心でいることはできます。

 たとえば、
「みんなが、忙しく仕事をしているので、サボることができないんですよ」
 という人がいます。

 よくよく話を聞いてみました。

 すると、その人は、トイレでゆっくりしたり、席を立って一服したり、社用で出かけたりしたとき、ちょっと休憩することを、「サボる」という言い方をしていました。

「サボる」という言い方をすると、まるで悪いことをしているような気分にさせます。
罪悪感を覚えます。
 絶えず「サボる」という意識で休憩すると、罪悪感を自分にその都度、インプットすることになります。

 仕事の合間に休憩することが、ほんとうに悪いことでしょうか。

 この同じ場面を「サボる」のではなくて、「私にとって、休憩は、必要な時間」と捉えることもできます。
 前者だったら、こそこそ休憩する。
 後者だったら、「気持ちよく堂々と休憩しよう」となるでしょう。

 自分がしている行動を正当に認識する。こんな
ささやかな場面で、自分中心度を高めることができるのです。
 たった、これだけでも、自分中心のレッスンになるのです。