根底の意識が不幸を選んでいた Mさん
○
いかがお過ごしでしょうか。
今まで、表面的には、争いもなく、
平和に過ごしていましたが、
心は、根っこで、不幸を選んでいました。
今日は、そんなお話です。
いつも、私は、自分に対して、
とてつもなく、厳しく、接していました。
よく、言われることに、
「そんなにハードルを上げなくてもいいのでは?」
という言葉がありますが、私は、自分に対して、
過大に、プレッシャーをかけてきました。
自分で、自分に、圧力をかけていたのです。
それを表わす顕著な言葉が、
「絶対に〇〇」という言葉です。
例えば、「絶対に、合格するから」と言っては、
自分にプレッシャーをかけて、それを
実行してきたような人生でした。
そこに、失敗することは、
許されていませんでした。
例えると、受験戦争で、「100%合格しかない。
浪人なんて、あり得ない」といった、
極端な考え方でした。
とてもハードな人生でしたね。
艱難辛苦、未来は、幻。
どこにも希望を見いだせないような環境で、
暮らしていたのかもしれませんね。
しかし、それが私にとっての「常態」でしたから、
そのことに気づくまでは、ずっと、
それ以外の生き方をすることは、
なかったように思います。
人は、自分に馴染んだ見方、環境、
生き方を手放しにくいですからね。
そんなことに気づきました。
では、それに気づくのに、
何と、呟いたのでしょうか。
それは、「よかろうもん」です。
どこの言葉か、ご存じの方も
多いかと思います。
私の住んでいる地方の言葉です。
要するに、自分に対して、
「いいじゃない」と初めて、
言えたのでした。
これまで、表面的には、
相手の言っていることを認めるような
振る舞いをしてきたつもりでしたが、
実際には、奥深い所で、嫉妬したり、
ふて腐れたりと色んな感情をたくさん、
味わっていました。
が、こうやって、自分に対して、
禁じたり、罰を与えたりせずに、
「よかろうもん」と前向きな言葉を
言えたのは、私にとって、とても、
大きな財産になりました。
今回は、これで、終わります。
そうでは、ないからと言って、
自分に駄目出しするのは、やめたいと
思いましたが、それも長年してきたこと
ですからね。
そんな時は、軽く、「ま、いっか」で、
終わることにしました。