無意識ってすごい(2)
Aさんは、二時間以上時間をかけて東京に通勤している。往復では実に五時間近く。
仕事を辞めたいと愚痴をこぼしながら、仕事を辞める気配もない。
通勤時間が長いことが嫌なのかと思ったら、そうではなくて、職場が辛いということだった。
そんなに辛いなら、いまの仕事を辞めて、もっと通いやすいところで仕事を探せば、二つの問題が一気に解決してしまうのに、と普通の人は思うだろう。
でも彼は、そうできない事情があった。
もちろん彼自身は気づいていない。
結論を言うと、彼は、母親と一緒にいるのが辛かった。
一緒にいると、長々と愚痴を聞かされる。
嫌な顔をしながら、つい付き合ってしまうのは、母の愚痴に付き合わないと、罪悪感を覚えるからだった。
小言も多い。
「早く、結婚して、親を安心させてちょうだい」
という思いが、痛いほど突き刺さる。
一緒にいても、楽しい会話にはならない。
それでも、相手しないと、母親に冷たい仕打ちをしているようで、罪悪感が怒涛のごとく襲ってくる。
そこで無意識は、そんな矛盾する願いも合理的に叶えてくれる。
母親の愚痴や小言を聞きたくない。
相手にしないと、罪悪感が襲ってくる。
自分を責めないで、母親の愚痴や小言を聞かないで済む方法は?
「おお、そうか! 遠距離通勤をすればいいじゃないか」
これだったら、母親にも堂々と言い訳ができる。
一緒にいる時間も短くて済む。
罪悪感も感じないで済む。
事実、彼は、早く帰宅できる時間になっても、なかなか帰ろうとしない。それどころか、「帰ってなるものか」とばかりに、飲み屋で時間を潰す。
体調を崩しても、会社に出てくるし、「体調が悪い悪い」と言いながら、飲み屋に通う。
無意識は、自分の矛盾する願いごとすら、こんなふうに、実に見事に叶えてくれる。
よく「無意識なんて単純だから、騙せばいいんだ」などと言う人がいる。
とんでもない!
意識はそんなに浅はかでもないし、浅くもない。
そこで何を学ぶのか。
こんな形で「自分の本質」が、それを自分に突き付ける。
意識の広大無辺さを知れば知るほど、驚嘆させられる。(終わり)