「治る。立ち直る」って、どういうこと?(1)
明らかに「動こうとしていない人」に聞きました。
いまの状況が苦しいのは、見ていてわかります。
でも、治りたくないというのも、ありありです。
どうして、動きたくないのでしょうか。
「あなたが、立ち直ったというのは、どんなことを指して言うの? 治ったって、どういうイメージ?」
「普通の人のようにできることです」
「普通って?」
「普通の人のように、働いたり、結婚して、子供を育てたり」
人によっては、
「仕事を楽しく、バリバリと、やる気満々で」
出勤途中の、サラリーマンのパリッとしたスーツ姿。かっこいいですね。
連れだって、子供をチャリンコの後ろに乗せて、幼稚園の送り迎えをしているお母さん方の姿、とても幸せそうですね。
そんな生活を「立ち直る。治る」とイメージしていたら、治りたくないと思うのも、無理ありません。
立ち直ったら「それをしなければならない」と思ったら、辛くなるのも当たり前です。
高熱でうんうん、布団の中でうなっています。そんなあなたに、
「さあ、今、起きて、さっさとこの仕事をするんだ」
とばかりに、山積みの仕事をドサッと目の前の置かれたら、どうでしょうか。
高熱が出てうなっているとき、まず、自分のためにすることは、どんなことですか。
もちろん、休息することですね。
肉体的な状況に置き換えてみたら、すぐにわかるのに、精神的なものだと、目が曇ってしまうようですね。
高熱は、毒だしです。
休息すれば、高熱は下がります。
休息すれば、体力は回復します。
精神的なものも一緒です。
精神的疲労は目に見えないので、自分を酷使しがちですが、だからこそ、「自分の動きたくない」状態を、大事にしてほしいのです。
それは、高熱の状態です。
それが長引く人は、それだけ自分の高熱を押して、無理に動いていたということです。
だから、そのぶん、時間がかかるのは、当たり前なのです。
そんなときは、自分の願いを叶えてあげましょう。
その願いを否定しながら、ではなくて、「心から肯定しながら」です。
この「心から肯定する」レベルの高低が、非常に重要です。
高ければ、高いほど、いいのです。
もともと、自分の願いを叶えてあげようとしていない。
自分の願いを、否定する。
苦しい状況は、そんなところから来ているのですから。
つまり、「治る、立ち直る」とは、
心から、自分の願いを叶えてあげるということです。
ですから、人によっては、「能動的に何もしないことを心から認めて、何もしない」ことをできるようになることが、
「治りつつある。立ち直りつつある」になるのです。
くれぐれも、自分がイメージとして描く理想になるのが「治る、立ち直る」ではないということを、心に銘記してくださいね。
この「私の願いを叶える」ということについて……。(つづく)