怒鳴るパワーがないという人

怒鳴るパワーがないという人

 ワークをやっていて、ロールプレーのときに、
「こんなに怒鳴ることはきでない。怒鳴るパワーがでない」
 という人がいて、「新鮮な驚き」を感じました。

 もし、こんな若者が沢山いたとしたら、軍国主義にはなっていかないだろうなと、ちょっと安心しました。

 もちろん、そんな「パワーがない」から、
「諦めて、人のいうことに黙って従う」
 ということであってほしくはありません。

 自分を信じて、
「戦う必要はない。戦う生き方は、したくない」
 という明確な、しかも軽やかな決断をもってほしいと、心から願って
います。

(明確な意志というのは、戦わないから“軽い”んですよ。)

 自分中心は、可能な限り戦わないことを目指します。
 争わないでも、解決する方法が、あるからです。

 これは従順とは、まったく違います。
 逆に、明確な意志を揺るぎなく持つことができれば、だんだん戦うことも減ってきます。

 いま、多くの人が、生きることを「つらい」「厳しい」と感じています。
 それは、自分に「適応能力がない」からではありません。

 そう感じるのは、社会や環境が間違っているからです。
 あなたのその感じ方が間違っているわけではありません。
 あなたの「感じ方のほうが、正しい」のです。

「だとしたら、どうしたらいいですか。正しいとしても、どうしようもないじゃありせんか」
 などと言ってほしくありません。

 自分の「感じ方」を信じて、大丈夫です。

 先ずは、自分の感じ方のほうが、正しいと、自分を信じることです。
 これだけでもいいのです。

 なぜなら、いまこの文章を読んで、
「そうだ!」
 あるいは、
「そうか!」
 と、少しでも納得した人がいたとすれば、それだけで、自分の「人生の土台となる意識」が変化します。

 無意識の世界からみると、どんなに顕在意識で頑張ったとしても、どんなに損得で動こうとしても、自分がその土台に、損する意識を据えていれば、無意識的に、損することを選択していきます。

 まるでそれは「損するため」に選択しているかのようです。

 無意識の視点からみると、はっきりとそれが観てとれます。

 自分の言動は、その土台からスタートして、選択していくのです。
 ですから、ほんのちょっと「自分の感じ方のほうが正しい」と、そう信じだけでも、選択するものが変わってくるのです。

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